メンタルヘルス対策で人事担当者がやるべきこと|不調者対応から予防まで
現代の企業活動において、従業員のメンタルヘルスケアは重要な経営課題です。
人事担当者は、不調を訴える従業員への対応だけでなく、全従業員が健康に働ける職場環境を整備する役割を担います。
本記事では、人事担当者が直面するメンタルヘルスに関する実務対応、予防策の構築、専門性を高めるための知識まで、具体的なアクションプランを解説します。
なぜ今、人事担当者のメンタルヘルス対策が重要なのか
近年、従業員のメンタルヘルス対策は企業の持続的な成長に不可欠な要素となっています。
これは、労働契約法や労働安全衛生法に基づく法的義務の側面と、休職や離職による生産性低下といった経営リスクの側面の両方からその重要性が増しているためです。
人事担当者は、これらの背景を理解し、組織的な対策を主導する中心的な役割を担っています。
従業員の心身の健康を守ることは企業の法的義務
企業は、労働契約法第5条に基づき、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」を負っています。
これには身体的な安全だけでなく、精神的な健康も含まれます。
この義務を怠った結果、従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合、企業は損害賠償責任を問われる可能性があります。
また、労働安全衛生法の改正により、従業員50名以上の事業場では年1回のストレスチェック実施が義務化されました。
これらの法的要請は、適切な労務管理の一環としてメンタルヘルス対策を位置付けており、人事部門が中心となって遵守体制を構築する必要があります。
メンタルヘルス不調による離職や生産性低下のリスク
従業員のメンタルヘルス不調は、休職や離職といった直接的な人材損失だけでなく、組織全体の生産性を著しく低下させるリスクをはらみます。
出勤はしていても心身の不調により本来のパフォーマンスを発揮できない「プレゼンティーズム」や、欠勤が増加する「アブセンティーズム」は、周囲の従業員の業務負担を増大させ、職場の士気にも影響を及ぼします。
適切な人事評価を行うためにも、個人の能力や意欲だけでなく、健康状態がパフォーマンスに与える影響を考慮に入れる視点が求められます。
不調が常態化すると、組織全体の活力が失われ、中長期的な企業成長の妨げとなりかねません。
人事担当者が押さえるべきメンタルヘルスケアの全体像
厚生労働省は、職場におけるメンタルヘルス対策として「4つのケア」を推進しています。
これは、従業員自身、管理監督者、事業場内の専門スタッフ、そして外部機関がそれぞれの役割を担い、継続的かつ計画的にケアを実施する考え方です。
人事労務担当者はこの全体像を理解し、自社において各ケアが円滑に機能するよう、施策を企画・推進するハブとしての役割を果たします。
従業員自身で行う「セルフケア」
セルフケアとは、従業員一人ひとりが自身のストレスに気づき、適切に対処するための取り組みです。
ストレスの原因や反応は個人によって異なるため、まずは自分自身の心身の状態に関心を持つことが第一歩となります。
企業としては、従業員がセルフケアの重要性を理解し、具体的な方法を学べる機会を提供することが求められます。
例えば、ストレスの仕組みや対処法に関する研修を実施したり、リラクゼーション法や睡眠、食事に関する情報を提供したりすることが挙げられます。
人事担当者は、こうした研修の企画や情報提供を通じて、従業員が自律的に自身の健康を管理できる文化の醸成を支援します。
管理監督者が部下に行う「ラインによるケア」
ラインによるケアは管理監督者が部下のメンタルヘルス不調に早期に気づき適切な対応を行う取り組みです。
日常的に部下と接する管理監督者は「いつもと違う」という変化を最も察知しやすい立場にあります。
具体的な役割としては部下からの相談に応じること必要に応じて専門家や人事部門へつなぐことそして長時間労働の是正や業務負荷の調整といった職場環境の改善が挙げられます。
人事担当者は管理監督者がこれらの役割を適切に果たせるようラインケア研修を実施し部下とのコミュニケーション方法や対応の注意点について教育する必要があります。
管理監督者が孤立しないよう相談できる体制を整えることも重要です。
人事労務スタッフが推進する「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
事業場内産業保健スタッフ等によるケアは、産業医や保健師、そして人事労務スタッフが中心となって、組織全体のメンタルヘルス対策を企画・推進する活動を指します。
具体的な内容として、メンタルヘルスケアに関する社内計画の策定、セルフケアやラインケアを支援するための研修の企画・実施、相談体制の整備、職場復帰支援プログラムの運用などが含まれます。
特に人事労務スタッフは、産業医や管理監督者、従業員本人といった各関係者間の調整役を担うハブとして機能します。
組織の課題を分析し、実効性のある施策を立案・実行することで、他の3つのケアが円滑に行われる基盤を整えます。
外部の専門機関を活用する「事業場外資源によるケア」
事業場外資源によるケアは、社内だけでは対応が難しい専門的な問題に対して、外部の機関やサービスを活用するアプローチです。
代表的なものにEAP(従業員支援プログラム)があり、カウンセリングやコンサルティングといった多様なサービスを提供しています。
これにより、従業員は社内の人間関係を気にせず匿名で相談できるという利点があります。
その他にも、専門的な治療が必要な場合の医療機関、地域の保健機関、従業員の家族からの相談窓口など、活用できる資源は多岐にわたります。
人事担当者は、自社のニーズに合わせてどのような外部資源が必要かを検討し、従業員が利用しやすいように情報提供や導入支援を行う役割を担います。
【フェーズ別】メンタルヘルス不調者への対応フロー
メンタルヘルス不調者が発生した場合、人事担当者は迅速かつ適切な対応が求められます。
このフェーズは、不調の悪化や再発を防ぐ「2次予防」の観点から極めて重要です。
対応を誤ると、本人の回復が遅れるだけでなく、労務トラブルに発展するリスクもあります。
ここでは、不調のサインを察知する初期対応から、産業医連携、休職中のサポート、そして職場復帰支援に至るまでの一連のフローを4つのステップに分けて具体的に解説します。
ステップ1:不調のサインを見逃さないための初期対応
メンタルヘルス不調の最初のサインは、勤怠の乱れや業務上のミス、コミュニケーションの変化など、日常業務の中に現れることが少なくありません。
遅刻や早退、欠勤が増える、集中力が低下してケアレスミスが目立つ、周囲との会話を避けるようになるといった変化は、本人からの申し出がなくとも注意深く観察すべき兆候です。
管理監督者からこうした報告を受けた人事担当者は、まず客観的な事実(勤怠記録、業務実績など)を整理します。
その上で、本人や管理監督者から状況をヒアリングし、プライバシーに配慮しながらも、専門家への相談や医療機関の受診を促すなど、次のステップへつなげるための準備を進めます。
ステップ2:産業医と連携した面談の適切な進め方
従業員の不調が確認された場合、産業医との面談を設定することが有効です。
人事担当者は、面談の目的を本人に丁寧に説明し、同意を得た上で実施します。
面談の目的は、医学的な見地から本人の状態を評価し、就業継続の可否や必要な配慮について専門的な意見を得ることです。
面談には、本人の同意があれば人事担当者も同席し、職場で見られる具体的な状況を産業医に伝えます。
これにより、産業医はより的確な判断を下すことができます。
面談後は、産業医からの意見書をもとに、今後の対応(就業上の配慮、休職の要否など)を本人や上司と協議します。
個人情報保護の観点から、診断名などの機微な情報は慎重に取り扱う必要があります。
ステップ3:休職決定後の手続きと休職期間中のサポート
主治医の診断書や産業医の意見に基づき休職が決定した場合、人事担当者は速やかに労務手続きを進めます。
就業規則に則って休職命令を通知し、傷病手当金などの社会保険給付に関する案内や手続きをサポートします。
休職期間中は、従業員が安心して療養に専念できる環境を整えることが重要です。
一方で、完全に連絡を絶つのではなく、プライバシーに配慮しつつ、本人の同意を得た上で定期的に連絡を取る体制を構築します。
連絡の頻度や方法は事前に本人と合意しておくことで、孤立感を和らげ、回復状況を把握しやすくなります。
この連絡を通じて、復職に向けた意向や不安などを確認し、スムーズな職場復帰の準備へとつなげます。
ステップ4:職場復帰に向けた支援プランの策定と実行
従業員から復職の申し出があった場合、まずは主治医による「復職可能」の診断書を提出してもらいます。
その後、産業医が本人と面談し、最終的な復職の可否を判断します。
復職が決定したら、人事担当者は本人、主治医、産業医、管理監督者と連携し、具体的な「職場復帰支援プラン」を策定します。
このプランには、短時間勤務や業務内容の制限、残業禁止といった段階的な就業配慮を盛り込みます。
再発を防ぐためには、元の職場環境のままで良いのかを検討し、場合によっては人事異動も視野に入れる必要があります。
復帰後も定期的な面談を実施し、プランの進捗を確認しながら、必要に応じて内容を見直していく柔軟な対応が求められます。
社員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ3つの予防策
メンタルヘルス対策において最も理想的なのは、不調者を発生させない職場環境を作ることです。
この「1次予防」は、ストレスの原因そのものを低減させ、従業員が健康に働ける基盤を整える取り組みを指します。
ここでは、人事担当者が主体となって推進できる代表的な3つの予防策、すなわちストレスチェックの活用、ラインケア研修の実施、相談窓口の設置について、その効果的な運用方法を解説します。
予防策1:ストレスチェック制度を形骸化させない効果的な活用法
年に一度のストレスチェックを単なる義務として消化するだけでは、効果的な予防にはつながりません。
重要なのは、個人のセルフケアを促すだけでなく、結果を集団分析し、職場環境の改善に活かすことです。
人事担当者は、部署ごとや職種ごとのストレス傾向を分析し、高ストレスと判定された部署の原因を特定します。
例えば、特定の部署で「仕事のコントロール度」が低いという結果が出た場合、業務の裁量権に関するヒアリングを行い、権限移譲を進めるなどの対策が考えられます。
分析結果を基に管理職と連携し、具体的な改善アクションプランを策定・実行することで、ストレスチェックを組織課題の可視化と解決のための有効なツールとして機能させることができます。
予防策2:管理職の部下への対応力を向上させるラインケア研修
部下のメンタルヘルスケアにおいて、直属の上司である管理職の役割は極めて重要です。
しかし、専門知識のない管理職が自己流で対応すると、かえって状況を悪化させる恐れもあります。
そこで人事担当者が主導し、管理職を対象としたラインケア研修を定期的に実施することが求められます。
研修では、メンタルヘルス不調の基礎知識、部下の異変に気づくための観察ポイント、効果的な声のかけ方や傾聴のスキル、そして人事や専門機関へつなぐ適切なタイミングなどを学びます。
ロールプレイングを取り入れることで、より実践的な対応力を養うことが可能です。
研修を通じて、全社的に対応の基本方針を統一し、管理職の不安を軽減します。
予防策3:従業員が気軽に相談できる窓口の設置と周知
従業員がストレスや悩みを一人で抱え込まずに済むよう、相談しやすい環境を整備することは予防策の基本です。
相談窓口には、人事部や保健師が対応する社内窓口と、外部の専門機関が対応する社外窓口(EAPなど)があります。
上司や同僚には話しにくい内容でも、プライバシーが守られた専門窓口であれば相談しやすいと感じる従業員は少なくありません。
人事担当者の役割は、これらの窓口を設置するだけでなく、その存在と利用方法を全従業員に繰り返し周知することです。
ポスターの掲示や社内イントラネットでの案内、研修時の説明などを通じて、相談することへの心理的なハードルを下げ、「困ったときにはいつでも利用できる」という安心感を醸成します。
メンタルヘルス対策の専門性を高めたい人事担当者におすすめの資格
従業員や管理職から信頼される人事担当者であるためには、メンタルヘルスに関する専門知識が不可欠です。
体系的な学習を通じて専門性を高めることは、適切な対応力や施策立案能力の向上に直結します。
ここでは、人事担当者のスキルアップに役立つ代表的な資格として、「メンタルヘルス・マネジメント検定®」と「産業カウンセラー」の2つを取り上げ、それぞれの特徴と取得するメリットについて解説します。
マネジメント層に必須の知識「メンタルヘルス・マネジメント検定®」
メンタルヘルス・マネジメント検定®は、働く人々の心の健康管理に関する知識や対処能力を測るための検定です。
人事労務担当者や管理職を対象としたⅡ種(ラインケアコース)では、部下の不調への気づき方や対応、職場環境改善の具体的な手法を学びます。
さらに、人事担当者として社内のメンタルヘルス対策全般を企画・推進する立場であれば、より上位のⅠ種(マスターコース)の取得が推奨されます。
Ⅰ種では、企業のメンタルヘルスケア計画の策定、産業保健スタッフとの連携、人事労務管理上の課題への対応など、より専門的で戦略的な知識が問われます。
この資格を取得する過程で、自社の課題解決に必要な知識を体系的に習得できます。
傾聴と対話のプロを目指す「産業カウンセラー」
産業カウンセラーは、働く人々が抱える悩みに寄り添い、自らの力で解決できるよう支援する専門家です。
資格取得の過程で、心理学の基礎理論に加え、特に「傾聴」を中心としたカウンセリングスキルを実践的に学びます。
このスキルは、不調を訴える従業員との面談や、部下との関わり方に悩む管理職からの相談に応じる際に直接的に役立ちます。
相手の話を深く理解し、信頼関係を築く能力は、人事担当者にとって不可欠な資質です。
産業カウンセラーの学習を通じて、表面的な問題だけでなく、その背景にある感情や価値観にまで配慮した、より質の高いコミュニケーションが可能となり、従業員からの信頼を高めることにもつながります。
メンタルヘルス対策に関するよくある質問
メンタルヘルス対策を推進する上で人事担当者は日々さまざまな疑問や課題に直面します。
ここでは特に現場で頻繁に寄せられる質問を取り上げ簡潔に回答します。
不調者との面談における具体的な注意点企業の法的義務の範囲そして外部サービスを導入する際のメリットについて解説することで日々の実務における判断の一助となる情報を提供します。
不調を訴える社員と面談する際に注意すべき点はありますか?
結論として、プライバシーが守られる安全な環境で、相手の話を傾聴する姿勢が最も重要です。
評価や説教は避け、客観的な事実に基づいて対話を進めます。
本人の同意なく診断名を尋ねたり、安易に励ましたりすることは控え、必要に応じて専門家へつなぐ選択肢を提示してください。
中小企業でもメンタルヘルス対策は義務付けられていますか?
はい、義務付けられています。
従業員数に関わらず、すべての企業に安全配慮義務が課せられており、メンタルヘルスもその対象です。
ストレスチェックの実施義務は従業員50名以上の事業場が対象ですが、50名未満の事業場でも実施が努力義務とされており、対策を講じることが望ましいです。
外部のEAP(従業員支援プログラム)サービスを導入するメリットは何ですか?
最大のメリットは、専門家による質の高いサービスを、従業員が匿名性を保ちながら利用できる点です。
社内の人間関係を気にせず相談できるため利用のハードルが低く、問題の早期発見・解決につながります。
また、人事担当者の負担軽減や対応ノウハウの蓄積にも寄与します。
まとめ
人事担当者が主導するメンタルヘルス対策は、不調者への事後対応(2次予防)と、不調を未然に防ぐ予防活動(1次予防)の両輪で進める必要があります。
本記事では、法的義務や経営リスクの観点からその重要性を説き、4つのケアの全体像、具体的な対応フロー、予防策、担当者のスキルアップについて解説しました。
これらの知識を体系的に理解し、自社の状況に合わせて実践することが、従業員と組織双方の健全な成長を支える基盤となります。
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